2018年12月21日

禁則事項・・・って何!?、そして「ラップ禁止」報道について思うこと!! in札幌

これって、和声学用語由来の言葉なのかな?

囲碁・将棋用語由来の言葉のような・・・。


以前、和声学で良好連結とされるツリーダイアグラムを作って、いろいろ検討したことがあるのですが、
何か、「え?」というくらいに、つまらないサウンド構成の音楽にしかならない!

逆に「禁則事項」に該当するものでも、
「何がおかしいの?」というものが多いのです。

一流の音楽家・演奏家たちは、口をそろえたかのように、
「自分の耳を信じろ!」という趣旨のことを語っているケースも、しばしば見受けられます。

といっても、平均律でしか検証できない環境なので充分に検証しきれたとはいえません。



「洗練されていない」から、禁則!
という条文のようなものも目にしました。


一般的な話しでも、
もし、誰かが、真実や、ある法則のようなものを発見したとしても、
その発見者が、一般庶民であった場合、その法則を広く社会全般の共通認識として広め定着させることは非常に困難な話しです。

「喧嘩が強いものが、その場を支配する」的図式は、
政治の世界でも変わらないようです。

「喧嘩」の名称・定義が異なるだけです。

ある新たな概念・定義も、その論調のようなものを支配・統率できる力を持つ勢力の力なくしては、
新聞やテレビ、本やネットがない時代では、普及・定着させることは困難なのでは?
ないでしょうか。

新聞やテレビ、本といえど、一般人では手に届かないツールです。
ネットも、近年、勝負アリ!のような勝者・敗者の格差が年々拡大しているようです。


今の社会でも
たとえ、それが真実であったり、
存亡の危機にかかわるかの、とても重大な話しであったとしても・・・

「それ、誰が言ったの?」

その話しが、取るに足らないような身分の人であったり、
対抗勢力の人の話であったら、どうでしょう?


その場の論調、空気を支配できる人って、どんな人?
という原理は、世界政治の世界でも同じ!
と語られる政治家もいるくらいです。


「権力者に逆らう!」
・・・そんな意図はありません。

誰もが、いつかは「持っていかれる」瞬間がある!
ということです。

その瞬間は、どれだけの権勢を誇ろうが、
どれだけ大勢のブレーン、ファミリー、取り巻きがいようが、
止めることは出来ません!
たった一人で、「持っていかれる」・・・、

どれだけ、そうした充実した人生の時間を過ごそうが、
公共的な貢献をしようが、
ある瞬間、全てが「帳消し」になると、思い知らされる!ようなことが、
「その人」に必ず起こる!
という視点で考える必要があるのが21世紀なのでは?
と、訴えかけたい気持ちがあるだけです。

「AI」を、いくら叫ぼうが、
どんぐりの遺伝情報だけでも、とてつもなく膨大な情報量になるはずです。

ましてや、人間!
たくさんの動植物の暮らす地球です。

「少欲知足」で暮らしても何の不足もない!
と、わたしは常々、感じています。


考えすぎと、笑われるかもしれませんが、
そんな視点で考えると、
このような和声学のような、さまざまな定義が起こったのは「いつ」「どこで」「だれが」・・・
のような疑問も必然的にわいてきます。

「音楽」が人々に与える影響は、
ときに、「言霊」の、それをも、遥かに凌駕する力があると感じているからです。

「ハーモニー」・・・
15世紀という話しですから、
その当時、ヨーロッパを統治していた勢力は?
という話しから歴史的背景などを、ふまえつつ、
その変遷、伝来の経緯をググる必要がありそうです。

そもそも、「調和」でなく、なぜ「和声」と訳したかも興味がわくところでもあります。

しかしながら、その資料探しは大変そうです。
ネットでも、なかなか簡単ではなさそうです。


わたしは、
ヴェーダの詩的霊感のような感性の持ち主から創造された、さまざまな思想・概念のようなものと、
それを文献化したり、理論化・体系化した人たちの感性は全く別物!、
わかりやすくいえば、別の種族のような人たち・・・の編纂によるものだと思っています。

黒人霊歌〜ブルース〜ジャズ・・・という20世紀の最大の音楽!
・・・これを作り出した人たちと、それを理論・体系づけした人たちとの感性であったり、脳の使い方などは、
まったくの別物である!
と同じような図式なのでは?ということです。


和声学の定義の証拠文献は「楽譜」でしょう。
しかし、クラシック音楽家・作曲家たちの真骨頂は、即興演奏にあったと・・・。

その音楽を後世に伝えるために「楽譜」化したものが現代に伝え残っている!

その当時の大作曲家たちの即興演奏を聴いて、「禁則事項」を言い当てられた、和声学教師が何人いたのか?
というゲスな興味もあります。

何か、わたしは、
大乗仏典は、ときの中国の皇帝が認可したものだった!
という話しの図式にも似ている何かがある!
と、ふんでいます。


20世紀になって、ジャズが生まれ、
多くの卓越した即興演奏に触れることが出来るようになりました。

F−G・・・思いっきり「禁則事項」が母胎になっています。

その後、Dm−Gのような進行へと変遷しましたが、
「禁則事項の音楽」という感覚で聴かれているリスナーは、いないのではないでしょうか?


「洗練された和声進行」というのなら、
そのような進行を持つ楽曲の、良い模範となる例題集のようなものに接する機会を増やすことだと思います。

純正率や、中全音律・・・による生演奏によるサウンドや
432Hzでのアンサンブル機会を増やすことです。


ちなみに432Hzに触れ続けていた時、
脳内が、虹色をした、ひし形のような四角形に満たされたことがあります。

通常時では、「青」です。

----------------

昨日、
「ラップ音楽を規制する」というようなニュースを目にしました。


わたしも、はじめて知り、聴いたのですが、
アクセス数は半端ではありません。

この動画をみて、
ヴェーダ、ウパニシャッドを読んだ方は、
何か感じられるのではないでしょうか?

アーリア人、チュルク人、騎馬民族のような・・・

チュルクを、中国語表記だと
国構えの中が「冬」+尓克

極寒の地域で暮らす人々だ!ということが漢字表記からもうかがえます。

生きるのがやっとという、そんな極寒の地で、
平均寿命が30歳代という過酷な生活をし生き抜く人々が暮らす地域にまで行き、
「ロシア人(民族)はレナ川水系をオホーツク海など極東への交通路として使い、サハやその他の民族に対し毛皮を税として取り立て・・・」
というような記述がwikiにもみられる。

永久凍土の上に建てられた都市としては世界最大」という記述に戦慄が走った。



このサハ共和国の首都の最低気温を見ると、
-83.9度という、アラスカ以上に厳しい寒さの中で生活している人たちから、「毛皮」を取り立てる意味も考える必要がありそうです。

ネット表記によると、今日でも、-29度。


双方の主張も、メディアからの情報では、何とも言えません。

モスクワの今日の気温も-12度。
とても寒い地域です。

続きを読む
posted by happy_kin at 09:40| Comment(0) | 日記

2018年12月04日

時代が変わった! in札幌

本当に、時代が変わった!
いや、大きく変わろうとしている・・・。

「音楽」そのものの在り方も大きく変わろうとしている・・・。

20世紀のアメリカ・ジャズ界や、ポピュラー音楽のレジェンドたちの
多大なる功績による影響下における、その音楽的エッセンスを取り入れた音楽制作と、
その図式のようなものが、大きく変わろうとしている。


21世紀の「人々の暮らしと音楽」は、
どのように、変わっていくのだろうか?


「観戦・鑑賞」〜「ヴァーチャル」〜「主体」という流れがあるようである。

次なる音楽的な方向性を指し示す影響力をもった、
「天才」のようなミュージシャンが出現するのか?

さなぎから蝶へ・・・
アスファルトを突き抜けるど根性大根へと、
ゆっくりながらも、音楽のあり方が、目に見えないところで、
ゆっくりと、着実に育まれつつ、大きく変わりつつある!

そう遠くない、近未来に、
・・・そんな時がくることが待ち遠しくもある。


「DTM」なる音楽も、手軽に曲が作れる!?
ようですが、わたしは、「さま」になる音楽は作れても、
「人の心をうつ」ような、あまり心躍る曲は、なかなか生まれないのでは?
と、思っている。

ちなみに、Googleで「ひとのこころをうつ」と検索したら、
うつ病のページしか出てこない(大爆笑!)

・・・そういう世の中を、今のわたしたちは生きているのだと思います。

本当に知りたい・・・求めている情報にありつけることは、
情報化社会の名のもとに埋没させられてしまっているようです。



これに関連して、最近つくづく思うことがある。

現代音楽の作曲家・・・のような人たちって、
ある特権階級のような家柄の人たちだったのではないか?
と。

バロック、古典、ロマン派のような時代の作曲家たちのような、
素晴らしき才能を持った人たちの、織り成すサウンド世界!

大作曲家と呼ばれるような才能の持ち主であってしても、
簡単に音楽が創れたわけではない。


DTMにしろ現代音楽にしろ・・・
恐るに足らず!
本当の音楽とはまったくの別物である!
と。

音楽に対する真摯な姿勢から、生まれた芸術音楽と呼ばれるものとは一線を画する・・・
そんなような印象を持つようになった。

そんな音楽のノウハウを学ぶ必要もないし、
その音楽制作手法について思い悩む必要性もまったくない!
と。


有名な現代音楽家・・・
そんな人たちをも、はるかに凌駕する、
素晴らしき埋もれた才能をもった音楽家たち・・・そんな人たちが想像以上にたくさんいた!
どうも、そんな気がする。

音楽的な才能に恵まれながらも、音楽を志すことが許されなかったような人々・・・、
長く、地道に続ける中で、その人の中では、最高の音楽が形作られていても、
世の中との接点が持てず埋もれてしまったような人々・・・。
そういう人たちが、たくさんいた!ような気がしてならない。


音楽ではないが、
仏教も、部派仏教という権威化された宗教集団の人たちに対抗する形で、
庶民と呼ばれるような一般大衆の中から大乗仏教のようなものが生まれた!
と、指摘する学者さんもいる。

今の日本のアニメのように、ある時期に集中して、
たくさんの「大乗仏典」が制作されたと・・・いう。

そして、明治期以後、よりよい叡智を求めて、
お釈迦様の真意を追い求めて、
漢訳で編纂された大乗仏典と、パーリー語やサンスクリット語の原典の内容も別物である!
との研究もなされているようです。


今日も25億稼ぐユーチューバー、7歳の男の子の話題が報じられていたが、
これも、どうも??
一般庶民の立場では、こうはならない何かがある!と、わたしは断じている。


「これからのプロミュージシャン」
という、記事も多く書いてきたが、
これは、聴衆向けの記事ではない。

ミュージシャンを志す!
という夢・心意気を持った人たちへ向けたメッセージでもある。

いわゆる裕福な・・・とか、
家柄・・・的な好条件には恵まれずとも、
「夢をあきらめざるを得ない!?」
・・・という志しをもつ人たちへ向けたメッセージを常に心がけている。


「出来ないこと」と思っていることは、
=「時間がかかる!」こと!
である場合が圧倒的に多い!

ときに
「面倒くさい!」
と、感じてしまうような手合いのものだ。

こんなときに、聖書で言う
「心を頑なにして」・・・のような、心の作用からなる、
もったいない「自らの決断」のようなものを下してしまうのではないか?

周囲の状況なども、その後押しをしてくれる。
そのほうが世間的には通りがよかったりもする。

映画「ラウンド・ミッドナイト」で、
主演のディル・ターナーが、友人のフランシスの実家に行った際に、
「素晴らしい家族だ!、あの人たちは調和のある人生を生きている」といった背景には、
ミュージシャンとして生きる!・・・
ことを貫き通すことによる厳しさのようなものが垣間見られる。

本物と呼ばれる多くのミュージシャンたちは、
一日24時間、年中無休で、
自分の音楽、自分が奏でるサウンドのことしか考えていない。


ミュージシャンに商才を求めるのは無理があろう。
しかし、結束はできるはずである。

ネット、SNSといったツールの普及で繋がるチャンスは、
以前と比べ、確実に増している。


言語化・文章化すると、
むずかしい印象を持たれてしまうかもしれないが、
このブログを通じて目指したい世界は、とっても楽しい音楽の世界であるのです。

温かな人間味のある、
真剣に音楽を志す!音楽に生きる人たち!の集いでもあるのです。


「地道」に続けていけば、「何か」が生まれ、形作られると思う。
(これが本来、一番強い要素なのだと思います)

面白い、まったく新しい21世紀型のような「音楽レーベル」のようなものも出来る可能性は十二分にある。

細々ながらも、その「火」は、今日も燃え続けている!



続きを読む
posted by happy_kin at 18:34| Comment(0) | 日記

2018年12月01日

近々、さまざまな規制がかかる? in札幌

Youtubeの出現により、
音楽のさまざまな資料・音源探しが、とても便利になった今日ではあるが、
どうも、今のようにフリーダムな利用にも、そろそろ規制がかかるのでは?

どうも、そんな予感がする。

多くの人を寄せ集める目的での「完全フリー」
・・・その目的はすでに達成された!?
と、経営陣側は見ている頃合いだとも思う。


インターネットの出現で、いままで見えてこなかったようなことも、
さまざまな出来事・事象をとおして、いろいろと見え隠れしてもきた。

こんな時代だからこそ、
わたしは、あえて、
聖書や、ヴェーダといった文献に目を通した。


すると、本来、
見えてはいけない!
見抜かれては困る!
・・・といった、ところまで、直観してしまったのかもしれない!


今年の冬の北海道は少し、危険かもしれない。
まだ、100%の「声」のようなものは届いていないが、
なんだか落ち着かない不安感のようなものがある。

9月の北海道地震の前日の就寝前、
「なにか起こる!、水を溜めておけ!」という声がした。

おかげで、数日間の停電・断水に耐えることができたが、
「真冬」ともなれば、そうもいかない!


わたしは、予言者ではない。
人々の不安を煽るつもりもない。

こんな予感は外れてくれることが、一番嬉しいしホッとする。

だが、こんなことは、いいたくなかったが、
どうも、人為的な何か?
という、気がする!


一連の動画サイトや、さまざまなネット・スマホ関連の動きを見ると、
どうも手詰まり感のような何かを、全体の動きから感じられたりもするのだ。

今後、業界の再編!のような動きも活発化していくことであろう。


「フリー」で利用できるようにしても、
利用者側は、「ログイン」すら嫌う!

そんな多くのユーザーたちに業を煮やす、運営者側の気持ちも察することが出来る。

たとえ、クレーマーのような存在であっても、
まだ何かしらのアプローチをかけてきてくれるような人がいる間は、
得てして、ありがたいものなのだ。

しかし、遠慮からであっても、
何の音沙汰もなしに、「美味しいところ取り」だけをするような、
利用者たちに対して、いつまでも甘い顔をし続けてくれる!
とは、到底思えない!


しかし、「完全フリー」のようなシステムに慣れてしまった利用者側が、
新たな、集金課金システムの導入で、果たして、
ついて来てくれるのであろうか?


「新4K・8K衛星放送」なるものが始まるそうである。
・・・が、知らなかった!
あまり興味もない!

さまざまな動画配信サービスもあるが、
「見放題!」「配信曲数の数量」を、大きくうたいつつも、
あれはあるが、これはない!・・・といった、
勢力・縄張り争いの典型のような産物として競い合っているようでもある。


こんな、状況を見ている、
今の音楽業界の低迷・・・の話しと、とてもリンクしてくる。

どうも、上層階級の人たちの戦略のようなものもネタ切れ!?かな・・・と。

------------------------------

いま、メロディ大辞典なるものを制作中です。
前回、アップしていたときと同様、
日本からよりも、海外からのアクセスの方が多いようです。

ドイツ、ロシア、アメリカ、フィンランド、イスラエル・・・。

スパイロボットのような巡回もあるのでしょうが、
コンテンツごとのアクセス数も、ばらつきがあるので、
存外、一般ユーザーからのアクセスもあるのだと思います。

「検索圏外」の日本語サイトでありながらも、
よく、たどりついていただけたものと、ありがたい気持ちで一杯です。

-------------------------------

ブログのテーマとことなりますが、
音楽の本来の意味ともリンクする!と考え、アップさせていただきました。




posted by happy_kin at 12:55| Comment(0) | 日記